実家に帰ったときの話だ。
オカンが何やらを突然に思い出したようだった。「ちょっと!こんな物がお父さんの引き出しからでてきたの!」といい、父親の部屋に入っていった。父親は8年前に他界しているが、今頃何が出てきたのだろうか。
戻ってきたオカンは、封筒を10枚ほど出してきた。
何の変哲もないB5サイズほどの茶封筒だ。
これがどうしたというのかと聞くと、実はこの封筒の表側に1枚1枚、見も知らぬ宛名が父親の筆跡で書いてある。
封筒の中を見ると、観光地での集合写真が入っている。
父親は写真が趣味だったのだが、団体旅行に行くと、必ずみんなの記念写真を撮るのだ。
10人ほどのジジババが難しい顔をして写っている。
多分、太陽が眩しいからだ。
どうせ朝まで呑み散らかしたのだろう。
千畑温泉サンアールという秋田の温泉施設で撮られたものだ。
同窓会だ。
オカンはこの写真をどうするか考えている。
A)迷いながら捨てる
B)キッパリと捨てる
結局捨てるんかい!
僕はちょっと待ってくれとオカンに懇願した。
せっかく父親が宛名まで書いたんだから、手紙でも添えて、そのまま郵便ポストに出したらどうかと。
父親は軽い気持ちで町医者に行って、そのまんま大学病院に直接入院した。「食道がん」だった。
旅立つ準備も出来ぬまま、突然帰らぬ人となったのだ。
この封筒はそんな父親が、やり残したことの一つである。
しかし、オカンは面倒だから捨てるという。
今さら死人から手紙が来たら怖いだろうし、多分みんな高齢だから死んでるというのだ。それにオカンは「夫は死んだけど押入れからこの写真が出てきたウンヌンカンヌンカクカクシカジカ」という説明をするための手紙を書くのが面倒だというのだ。
父親の想いは
この面倒くさがりの妻の前に
いとも容易く閉ざされた。
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届かぬ想い
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